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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5877号 判決

原告 伊藤幸吉 外一名

被告 興国不動産株式会社

主文

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

本件について、当裁判所が昭和二九年六月八日なした強制執行停止決定は、これを取消す。

前項に限り、かりに執行することができる。

事実

原告両名訴訟代理人は「被告から、訴外毛利周蔵に対する東京法務局所属公証人戸村軍際作成第四七九二号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基く強制執行は、これを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、被告会社は訴外毛利周蔵に対する東京法務局所属公証人戸村軍際作成第四七九二号金銭消費貸借契約公正証書(以下本件公正証書と称する)の執行力ある正本に基き昭和二八年一二月一二日別紙目録記載第一、第二の土地(以下本件土地(一・二)と称する)に対し強制執行をした。

二、原告伊藤幸吉は昭和二四年一月中別紙目録記載第一の土地を代金一三万九四四〇円で、又原告斉藤英治は同年一月二四日別紙目録記載第二の土地を代金一一万二八八五円二五銭で、それぞれ右土地の所有権者であつた訴外毛利周蔵から買受け、同人に対して右売買代金を完済したが、右土地の所有権移転の登記をしないまゝに、右売買に基く権利を有し現在に至るものである。

三、ところで本件公正証書は左記の理由によつて債務名義としてその執行力を有しない。すなわち

(一)  本件公正証書に表示された訴外南海継手株式会社の債務というのは、原告等の本件土地の所有権取得につき登記がないことを奇貨として擅に本件土地を競売せんがため、被告会社の代表者と訴外南海継手株式会社代表者毛利浩一朗との通謀による虚偽の金銭消費貸借契約に基くものであつて、実体上無効のものである。

(二)  仮に本件公正証書による右訴外会社の主債務が仮装のものでなく真に存在し、本件公正証書において訴外毛利周蔵がこれに対し連帯保証をしたごとくなつていても、本件公正契書は訴外毛利浩一朗が、訴外毛利周蔵の代理人名義で作成されたものとなつているが、訴外毛利周蔵は右債務につき連帯保証をしたことはないし、又本件公正証書の作成を右毛利浩一朗に委任したこともない。右公正証書は訴外毛利浩一朗が訴外毛利周蔵の委任状を偽造し、その偽造委任状を用いて作成せられたものであるから、証書成立の実体的前提要件を缺き無効である。

(三)  しからずとするも、本件公正証書によると、被告会社は昭和二八年六月三〇日に訴外南海継手株式会社に金一四〇万円を貸付けた旨表示されているが、同日当事者間に該金員の授受は全く行われず、これは同年六月上旬頃から二・三回に亘つて貸与した金員の合計額を記載したもので、事実に吻合しない。のみならず、被告会社が設立されたのは同年六月二三日であるから、前記金一四〇万円の中には被告会社設立以前に貸与した部分を含むことになり、法理上設立以前の会社が金員を貸与することはありえないので、その部分は被告会社以外の第三者が貸付けたものである。従つて金一四〇万円全額を被告会社が貸与した旨表示している本件公正証書はこの点に於ても事実に吻合しない。

四、前項(一)乃至(三)で述べた理由によつて、本件公正証書は訴外毛利周蔵に対し効力を有しないものであるが、同訴外人は右公正証書に基く本件強制執行に対し排除の手続を採らない。そこで原告等は前記土地の売買に基く権利を確保するため右売買契約における債務者である訴外毛利周蔵に代位して本件公正証書の執行力ある正本に基く強制執行の排除を求めるため本訴に及んだ次第であると述べ、

証拠として、甲第一乃至第六号証、第七号証の一、二、第八、九号証、第一〇号証の一乃至三、第一一、一二号証を提出し、証人毛利周蔵、同毛利浩一朗の各証言並びに原告両名の各本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一乃至七、第三号証の一、二の成立を認め、その余の乙号各証の成立は知らないと述べた。

被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、

被告会社が、原告等主張の如く、本件公正証書の執行力ある正本に基き、その主張のような強制執行をなしたことは認めるが、原告等が訴外毛利周蔵から本件土地を買受け、その売買に基く権利を有していることは知らない。その余の原告主張事実は全部これを否認すると述べ

証拠として、乙第一号証の一乃至七、第二号証の一、二、第三号証の一乃至三、第四号証の一、二を提出し、証人毛利周蔵、同毛利浩一朗の各証言並びに被告代表者古川直治郎の本人尋問の結果を援用し、甲第一、二号証、第一〇号証の一乃至三、第一一号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は知らないと述べた。

理由

一、請求に関する異議の訴を提起し得る適格を有する者は、その債務名義に債務者として表示された者、又はその承継その他の原因に基いてこれに代つて債務名義の執行力を受ける者であるべきこともとよりであるが、それ等の者において権利を主張して異議の訴をしない場合においては、それ等の者に対する債権者は民法第四二三条によつて自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を主張して右異議の訴を提起することができるそこで本件につき原告等が訴外毛利周蔵に対する債権があるかどうかを検討するに証人毛利周蔵の証言並びに同証言により成立を認める甲第四五号証、毛利浩一朗の証言(後記措信しない部分を除く)並びに同証言により成立を認める甲第三号証、第六号証、原告伊藤幸吉の本人尋問の結果を綜合すれば原告伊藤幸吉は昭和二四年一月中訴外毛利周蔵から同人所有の別紙目録記載の第一の土地を代金一三万九四四〇円を以つて買受け、右代金を完済したが、未だその所有権移転の登記を受けていないことが認められる。証人毛利浩一朗の証言中右認定に反する部分は信用しないし、その他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。又証人毛利周蔵の証言並びに同証言により成立を認める甲第七号証の一、二、第八号証、証人毛利浩一朗の証言並びに同証言により成立を認める甲第九号証、原告斉藤英治の本人尋問の結果を綜合すれば原告斉藤英治は昭和二四年一月二四日訴外毛利周蔵から同人所有の別紙目録記載の第二の土地を代金一一万二八〇五円(主張では代金一一万二八八五円とあるけれども誤記と認める)を以つて買受け、右代金を完済したが、未だその所有権移転の登記を受けていないことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右の事実によれば、原告等は、いずれも前記土地の右売買契約に基いて訴外毛利周蔵に対して前記土地に対する各移転登記請求権等の権利を有することが明らかであるから、原告等はいずれも債務者である訴外毛利周蔵がその有する権利に基いて、債務名義たる本件公正証書に基く強制執行に対し、請求に関する異議の訴を提起しない場合においては、自己の債権を保全するため民法第四二三条に基いてその請求に関する異議の訴を提起し得る適格を有するものであることもとよりでありそうして弁論の全趣旨に徴すれば訴外毛利周蔵はその訴を提起していないことを認めることができるから、原告等は正当な当事者として本訴を提起するにつき何の差支もない。

二、被告が訴外毛利周蔵に対する強制執行として東京法務局所属公証人戸村軍際作成第四七九二号金銭消費貸借公正証書の執行力ある正本に基いて、本件土地に対して強制執行をしている事実は当事者間に争がないところである。

三、そこで本件公正証書は原告等の主張のような事由によつて実体的に無効のものであるかどうかについて順次これを検討する。

(一)  原告等は本件公正証書に表示された被告会社と訴外南海継手株式会社との間の金銭消費貸借契約は被告会社の代表者と右訴外会社の代表者毛利浩一朗とが通謀してなした虚偽の意思表示に基くものであるから無効であると主張するが、右金銭消費貸借契約が該当事者間において通謀してなした虚偽の意思表示に基くものである事実を認めるに足りる的確な証拠は何もない。却つていずれも成立に争のない甲第十号証の一ないし三、乙第一号証の一二、乙第三号証の一、二、右乙第三号証の一及び被告会社代表者古川直治郎の本人尋問の結果により成立を認める乙第三号証の三、証人毛利浩一朗及び同毛利周蔵の証言(後記信用しない部分を除く)並びに右古川直治郎の尋問の結果を綜合すれば被告会社は昭和二六年頃事実上設立され、権利能力なき社団として営業を開始し、同二八年六月二三日その設立登記を経たものであるが、その二箇月前頃から設立後に至るまで数回に亘り訴外南海継手株式会社に対し合計金一四〇万円の貸付をした。そうして被告会社設立後これを被告会社が承継取得し、同年六月三〇日右訴外会社も右債権の承継を承諾した上被告会社と右訴外会社との間において右数回に成立した貸金債権を金一四〇万円とする一箇の金銭消費貸借契約に改め、同時に訴外毛利周蔵は代理人毛利浩一朗をして右訴外会社の債務につき連帯保証契約をなさしめた。そうして同年十一月二十四日右金銭消費貸借契約につき本件公正証書を作成した事実を認めることができる。証人毛利浩一朗及び同毛利周蔵の証言中右認定に牴触する部分は同人等の右認定に供した証言部分に矛盾すること及び乙第一号証の二、三に照らすと信用できないしその他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。してみれば本件公正証書に表示された被告会社と右訴外会社との間の金銭消費貸借契約は原告主張のような通謀による虚偽の意思表示に基くものではなく、確実に成立し且つ現存しているものであることが明かであるから、原告等のこの点に関する主張は認容することができない。

(二)  原告等は被告会社と訴外南海継手株式会社との間の本件公正証書に表示された金銭消費貸借契約が存するものとしても、訴外毛利周蔵は右訴外会社の債務につき連帯保証をしたことはなく、又本件公正証書の作成を毛利浩一朗に委任したこともない、本件公正証書は右毛利浩一朗が訴外毛利周蔵の委任状を偽造しこの偽造委任状を用いて作成したものであるから無効であると主張するけれども、訴外毛利周蔵が前記訴外会社の債務につき連帯保証をしたことは前記認定のとおりであり、訴外毛利周蔵が本件公正証書の作成につき毛利浩一朗に委任したことはなく、右毛利浩一朗が同訴外人の委任状を偽造しこの委任状を用いて本件公正証書を作成したとの点については証人毛利周蔵同毛利浩一朗の各証言中後記認定に添わない部分は信用できないし、その他に原告等の全立証によるもこれを認めることはできない。成立に争のない甲第十号証の二(乙第一号証の二)乙第一号証の三証人毛利浩一朗、同毛利周蔵の各証言の一部を綜合すれば訴外毛利周蔵は訴外毛利浩一朗に毛利周蔵が真正に作成した委任状(甲第十号証の二、乙第一号証の二)を交付し、訴外毛利浩一朗はこの委任状を用いて訴外毛利周蔵を代理して本件公正証書の作成に関与したことが認められるから、この点に関する原告等の主張も亦これを許容することはできない。

(三)  次に原告等は本件公正証書によると被告会社は昭和二八年六月三〇日訴外南海継手株式会社に金一四〇万円を貸付けた旨表示されているが同日当事者間に該金員の授受は全くなく、同年六月上旬頃から二、三回に亘つて貸与した金員の合計額を記載したものであるので、右表示は事実に吻合しない。そればかりでなく被告会社が設立されたのは同年六月二三日であるから前記金一四〇万円の中には被告会社設立以前に貸与した部分を含むことになり、法理上設立前の会社が金員を貸与することはあり得ないからその部分は被告会社以外の者が貸付けたものであるから、被告会社が金一四〇万円全額を貸与した旨の表示は事実に吻合しない。従つて右吻合しない事実を記載した本件公正証書は執行力を有しないと主張するが、本件公正証書に表示された被告会社と訴外南海継手株式会社との間の金一四〇万円の金銭消費貸借は原告等主張のとおりその全額を昭和二八年六月三〇日貸付けたものでないこと、又右貸付中には被告会社の設立前になされたものが包含されていることも前認定のとおりであり、被告会社設立前の貸付が当然設立後の被告会社の権利に属するものではないことも原告等の主張のとおりというべきであるが、しかも前記認定のとおり被告会社が合計金一四〇万円全額の債権者となり、そうしてこれを金一四〇万円の一箇の金銭消費貸借契約とした以上右契約は真正に成立し、且つ現存するものであるから本件公正証書にこれを記載したからとて該記載が事実に吻合しないものということはできないので、この点に関する原告等の主張も理由がない。

以上の認定により原告等の本訴請求は認容することができないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を、強制執行の停止決定の取消及び仮執行の宣言につき同法第五六〇条、第五四八条第一、二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中宗雄)

別紙目録

(第一)

東京都中央区槇町二丁目五番地の一六所在

一、宅地 二七坪一合九勺

(第二)

東京都中央区槇町二丁目五番地の一七所在

一、宅地 二二坪三合八勺

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